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2008年05月25日

著名な数学者の原著の翻訳

posted by junya at 23:39 | Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

南堂氏のシュレディンガーの猫とトンデモ

シュレディンガーの猫の核心」を偶然読みました。

氏の著述は各所でトンデモ扱いされていますが、私の意見はこうです。

すべてのことに疑いを持って取り組む姿勢は間違っていない

これまでの科学の歴史を紐解くと、より一般的な理論によって、多くの「視点」が上書きされてきました。一般相対性理論や量子力学のように、常識を覆す理論もあります。また現代数学においては、厳密性を求める姿勢から無限や連続の概念が見直され、そこから新しい分野が発展しました。今ある「常識」を疑うことは、姿勢として間違っていないと思います。

単なる「モノの見方」と「有用な理論」は異なる

一方で、(これまでのスタンダードを覆すような)新しい考え方を受け入れてもらうためには、その考え方の有用性がなくてはなりません。

  • その理論によって、未解決の問題が解決できる
  • その視点によって、無関係と思われた複数の理論や問題を統一的な観点から説明できる
  • その手法によって、これまで複雑だったものをより簡潔に表現し、実用的な分野で役立たせることができる(数字の位取り記法、数論の合同式、微分の記述法(dy/dx)など)

「モノの見方」というものは無数に存在しますが、上記のような性質を持っていて初めて、理論としての価値を持つのだと思います。

南堂氏の理論では「粒子の波」(粒子と反粒子による波?)という考え方が提案されていますが、例えば以下のような説明が伴わなければ、他の人々を南堂氏の理論に巻き込むことは難しいでしょう。

  • 検証可能な現象の提示 (「粒子・反粒子」の波の性質を表現し、そこから予想される観測可能な現象を提示する、など )
  • 既存の広範な理論および観測結果に対する、新しい考え方から見た厳密な説明

「シュレディンガーの猫」の解釈というレベルでは、理論の説明としては不十分だと思います。もし、「粒子の波」理論に力があるのであれば、これまでの物理学をその視点から再構築されると良いのではないでしょうか?その際に、新しい価値を付与できないようであれば、「見方としての価値は特になかった」ということになりますし、新しい価値が見出されれば、そこに一大分野が切り開かれるでしょう。

参考

posted by junya at 17:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

数学をつくった人々 (E・T・ベル 著)

今、「数学をつくった人びと I」を読んでいます。

タイトルに惹かれて偶然手にしたのですが、とてつもなく面白い。
数学好きのすべての人に紹介したいです。

1937年に出版された本ですが、世界中で読み継がれています。
私は手にするまで知らなかったのですが、一昔前の数学少年には常識の一冊だったようです。
日本ではじめて出版されたのは1963年ですが、1997年に再版、2003年に文庫化されています。
著名な数学者数十名を取り上げ、各章ごとに伝記形式で書かれています。

著者自身著名なが数学者かつSF作家であり、充実した数学の内容と語り口に胸が熱くなります。

盲目で過ごした17年間にも数学を推し進め続けたオイラーの話や、
70代になってからも現役数学者を驚かせたニュートンの話、天才たちの話がテンコ盛りです。
また、同時代の大数学者同士の交流が生き生きと描かれています。
オイラーがいなければ、ラグランジュの芽は出なかったのかもしれません。

要所要所に現れる数学の有名問題もこの本の醍醐味でしょう。
「私には証明できるだろうか?」と問いかけ、ときに不勉強を恥じながら読み進めています。


タグ:数学
posted by junya at 12:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・格言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月09日

Pylons のデバッグ方法

会社で頑張って書いたので、ここからもリンクしておきます。

Pylons におけるデバッグ方法
タグ:Pylons DEBUG
posted by junya at 22:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月07日

力ある者の責任

今季の学士会報で、野田智義氏のリーダーシップ論(「真のエリートに求め
られるリーダーシップ」)にいたく胸を打たれた。

野田氏はこの文章の中で以下のように嘆く。

人が認める”一流大学”の卒業生で、世間がうらやむ”一流企業”や官庁に勤
め、その中でも比較的に評価され機会を与えられている者たちですら、「自分
にはたいしたことができない」と卑下しあうというのは、どこかおかしくない
だろうか。美徳を超えて、正直気味が悪いが、これが残念ながら現実だ。

このような言葉を聞くと耳が痛い。私自身、常に「自分に足りないところ」に
目が行き、いつも「勉強したい」と思うのだけれども、今の自分にできること
を最大限に還元していない。勉強すればするほど、自分の「至らなさ」に気づ
かされるけれども、勉強家の陥りやすい負の側面が「卑下」とそれに伴う「責
任からの退去」なのだ。

今、会社で評価制度・人事制度の議論を行っている。

課題を設定してそれを克服することも大切だけれども、それと同等以上に、
「自分にしかできないことは何か」「自分は何を求められているのか」を見極
め、その実践に対する責任を一身で引き受け、行動に移していくことが大切で
ある。

高いポテンシャルを持つ人間にとっても、その可能性を実践に移すのは困難だ
ろう。しかし、彼が勇気を持って行動を起こさないとしたら、誰がそのことを
実践するのか。「ノブレス・オブリージュ」、大いなる力には大いなる責任が
宿る。

With greter power comes greater responsibility.


posted by junya at 10:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍・格言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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